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iPadファン

タブレット7枚も買った痛オタク…もとい板オタクが、気ままにiPadをレビューするブログ

タブレットは必要か?

iPad 全般

タブレットは必要なのか?

っていうかぼくはなぜ、タブレットを6枚も買ってしまったのか……?

今回は、タブレット中毒患者であるぼくの経験談を交え、タブレットの必要性を考えてみたいと思います。

 

 

タブレットを買ったのは、3.11の震災がきっかけ

そもそもぼくは、iPadが出た直後は冷ややかな目で見ていました。なんといっても当時は、FLASHというソフト未対応ということで、動画サイトのほとんどは見られない状況でしたし、あまりの重量に必要性を感じていなかったのです。

それが一変したのが東日本大震災でした。

ぼくは東京在住なので震災の直接的な被害はなかったものの、当時は古いマンションの9階に住んでおりまして、震災直後は……この惨状(ToT)

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本棚が倒壊し、山のような書籍(主にマンガ)が総崩れとなったのです。おまけに、本棚の下敷きになってMacBook Proがペシャンコに。

たまたま外出してらから良かったものの、自宅にいたら骨の一本も折っていたかもしれません。倒れゆく本棚を押さえようとしたでしょうから(^^;

そんなわけで「書籍はあぶない。あと紙は黄ばむし、そもそも、都内の蜂の巣のようなマンションで、蔵書2000冊近くをストックしておくなど不可能!」

と思い始めます。

 

そうして、書籍自炊を始めたのですね。書籍自炊とは、紙の本をわざわざ切って、連続スキャンして、PDFというデータにする作業のこと。

ねずみ算式に増えていく蔵書(ほぼマンガ)を何とかしなければ身が危険──という一心でした。

 

で、書籍をデータにするのであれば、ノートPCでは読みにくいコトこの上ありません。

ノートPCではゴロ寝して読むこともできないし、電車の中で読むこともできません。

そこで目をつけたのがiPadでした。当時はiPad2になっていて、初代より薄く、軽くなっていました。

「コレなら使えるかもしれない……」と思って購入したのが中毒の始まりだったのです。

 

 

思いのほか読める……どころかスイスイいける!

今まで紙で読んでいた本を、果たしてモニターで読めるというのか……?

最初、ぼくも半信半疑でした。やはりモニターでは目が疲れるのではないか、そもそも頭に入らないのではないか? などなど。

ところが。

読めてしまった……。

本一冊、iPad2で難なく読めてしまったのです。光を調節すれば目も疲れないし、読んだページは自動記録されるから栞もいらず、何しろ、あの薄い筐体に、本が何百冊も入る……!

もはやこれ、本を持ち歩いてるのではなく『本棚』を持ち歩いてるよ!

──と有頂天になりました。どれだけたくさん持っていても、読める量には限りがあるというのにね?

果たしてぼくは、本棚4台分プラス押し入れに眠っていた蔵書(しつこいですがマンガ)を全部引っ張り出して、約3年書けてコツコツコツコツ、まさに石の上にも三年といった感じで自炊をやり遂げたのです。およそ2000冊!

 

閑話休題。書籍自炊はともかく、iPad2。

その筐体の美しさに、ぼくは毎晩うっとり愛でながら就寝するというかなりアブナイ日常を過ごしてはおりましたが、どうにも1つだけ、大きな問題がありました。

やっぱり重いんです。

ベッドやソファでごろ寝して読む分には、腕にうまく引っかけることで、さほど重量を感じず読めるのですが、電車の中がしんどい。

ある日、親指の付け根が妙に痛むことに気づいたのですが、iPad2の持ちすぎでした!

「この重さ、なんとかならないものか。せめてハードカバーと同じくらいの重さには……」

と思っていたのですが。

アップルさん、さすがです。

出したのですよ、iPad miniを。

 

 

iPad miniは素晴らしかった。だから2枚買った

正直、iPad miniは素晴らしかった……。

iPad2と比べると、まるで、羽が生えたかのように軽い。まるで羽毛のようだよ……。

ということでぼくは、iPad miniを片時も手放さなくなりました。

 

さらに翌年、iPad mini Retinaディスプレイモデルが出ました。

買いました。

いや、初代iPad miniを購入する時点で決めてたのです。Retinaディスプレイ対応したら買い直そうと。例えそれが来年であろうとも……!

ちなみにRetinaディスプレイとは、すっげーきれいなモニターのことです。

非RetinaのiPad miniは、どうしても、マンガの小さな手書き文字とかが潰れてしまうんですね。解像度いまいちで。

ですがRetina対応してからこっち。

まるで、ガラス越しに紙を見ているかのようですよ……。

ということでiPad mini Retinaモデルは2015年11月現在も現役活躍中。初代iPad miniは妹にあげました。(だから厳密には、タブレット所持は5枚なんですが)

 

さらにはその間に、Kindle Paperwhiteと、お絵かき用の液晶ペンタブレットCintiq Companion Hybridを購入していますが、それはおいといて。

 

そして2015年、ついに出たのがApple Pencil

iPad mini Retinaに満足していたぼくは、もうしばらくはタブレットを買わないだろうと思っていたのですが。

またやられましたよアップルさんに。

まさか、iPadを液晶ペンタブ化させるとは。

ちなみに液晶ペンタブレットというのは、画面に直接お絵かきできる道具のことですね。このジャンルは、ワコムというメーカーの独壇場だったのですが。

よもや、アップルが殴り込んでくるとは。

 

ワコムの液晶ペンタブは、決定的な欠点が3点ありました。1つは、タッチ機能。稿を改めて書こうと思いますが、使えません。

2つめは、画面発色の汚さ。Windowsマシンと比べたらフツーなのでしょうが、常日頃アップル製品を使っていると、あの画面の汚さには耐えがたいものがあります。

そして3つめは、ペン先と画面のポイントが微妙にずれるんですわ。とくに画面端。だから、画面端の豆粒のようなボタンをペン先で押そうとしても、押せません。精密作業をするためのペンのはずなのに。

でもまぁ、選択肢はワコムしかなかったわけで、欠点といっても描画に致命的というほどでもないので我慢して使ってたんですが。

Apple PencilとiPad Proの組み合わせは、これら欠点を補い、ワコムを越えることができるのか!? どうしても確認したくて……買っちゃいました。

 

つまり必要性が1つでもあれば買い

自分の話が長くなりすぎましたが、つまり言いたいことはコレです。

「必要性が一つでもあるなら買いでしょう」

生活変わりますよ、まぢで。

ぼくの場合は、どこまでも『自炊書籍を読むため』この1点でした。

Apple Pencilの場合は『iPadでお絵かきするため』でした。ひょっとしたら、お絵かきにPCは不要になかも、という期待大です。

 

でもタブレットはいろいろできるから、寝っ転がりながらブラウジングしたりメールチェックしたり、アニメ見たり音楽聞いたりするようになりましたが、これらはすべてオマケ機能なのです。

とにもかくにも『自炊書籍を読むため』。これをより快適に便利にするため“だけ”に、タブレットを何枚も買ったのです。

さらに今狙っているのは、iPad Air。miniだと、大型判のマンガはやっぱりちょっと読みづらいんですわ。これが、どんどん軽く薄くなるiPad Airでなら……ふふふ……

しかも、おそらく今後は、iPad AirもApple Pencilに対応してくるでしょうから、そうしたら、がっつり机で絵を描くのはiPad Proで、寝室で寝っ転がりながら遊びで絵を描くのはiPad Airで、さらにさらにお絵かきに疲れたらiPad Airでそのまま電子書籍や自炊書籍を読み、見放題のアニメを愛でる──!

もぅ、おうちから出てこなくなるかもね?

 

つまり、必要性とはライフスタイルの革新なのですね。

タブレットが1枚あれば、あなたのライフスタイルがより快適に便利になりそうならば、買いということです。

それがたった1つだけの必要性──ぼくの場合はくどいですが『自炊書籍を読む』というただ一つの用途だけですら、生活が見違えるほど快適になりました。

何しろ部屋に書籍がほとんどないからね。お掃除もラクだし、散らからないし、広いし、倒壊もしないし。

タブレット買ったけど使ってない、なんて人、ぼくには信じられません。充電がもどかしいほどに使ってます。いまや何枚もあるから、充電中は別のiPadです。

 

ぼくの年の離れた知人に、囲碁をデジタルでやりたいからiPad Proを買おうか迷ってる人がいます。

どうしてデジタルでやりたいのか聞いてみると、デジタルだと棋譜の保存&再生ができるそうなのです。囲碁上達のためには、棋譜が重要なのだそうで。

棋譜の記録なんて、アナログでやったら大変です。ビデオカメラを回し、考え中の時間はいちいち早送りしなくてはいけません。録画容量も増大しまくり。

「でも趣味の囲碁のためだけにiPad Proを買うなんてなぁ」と迷っているのですが。

ぼくに言わせてみれば、なぜ迷っているのかがわかりませんね?

囲碁は、きっかけに過ぎないのです。それをテコにして、ライフスタイルが様々に革新していくわけですから。

 

ただしもちろん、まったく必要性が思い浮かばないのに買うのはおすすめできません。埃をかぶるだけです。

「コレがやりたい」

という目的を1つだけ作ってから、タブレットとおつきあいするようにしましょう。

ほんと、1つだけでいいのです。

 

タブレットやスマホは、コンピュータを、『机という束縛』から解放してくれました。手の中にあるコンピュータは、机の上のコンピュータとは一線を画します。

それをぜひ体験してほしいと思う今日この頃なのでした。